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ゴールド と 水に輝く Peterhof;

またまた ロシアの サントペテルベルグ の郊外に有ります 「ピヨートル大帝 の 避暑地
 Peterhof、水の宮殿」 です。
ここには あの栄華を手に入れた エカテリーナ と 共に夏を過ごしたそうです と栄耀栄華を極めての一生でしたが彼は案外と早くに亡くなりました。
たまに 単発で 掲載いたしますロシア事情ですが結構 目玉的 な部分です。


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宮殿正面の 大噴水です、こんなに 金ぴかがお好きだとはちょっと やりすぎですね。
しかし この宮殿は 水の宮殿 と言われて ”バルト海” に面しています。

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北の海 ”バルト海” です、 私達はこのそばにあります バルッチク軍事基地港 を間じかで見ました、ロシアの 北の守備港 としての面目躍如で 潜水艦、巡洋艦、駆逐艦、それこそ 全軍備を見ることが出来ました、ただ 航空母艦 はありませんでしたが、こんなに ロシアは外国人に手の内を見せていいのかな~?と疑問と共に拝見です、その昔の 日本海海戦 東郷元帥を思い出しましたね、なんと私は昔の事を知っているのかなと思い何かつまらないものばかりの話を思い出しています。
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この 噴水と言いますか 流れですが 時間を決めてごうごうと水が流れます、竜の口から 今は
小休止で 水はチョロチョロですが 皆は 水が滝の様に流れてくるのを待って写真を撮るために。
この若者達は ロシア人、言葉で分かりました。
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宮殿正面にあります これから始まる 「The Great Samson Canal」 この先には バルト海が見えます と 宮殿正面から見る景色は雄大です、随分と贅沢なつくりです 17世紀の作品で
1600年後期です が その後又沢山の手が入れられています、ここに住んだ 何代かの エカテリーナ 多分3世くらいかな 彼女は偉大な政治家だったらしいです、一世は余り功績も残さず凡庸に
生涯を終えました ★ 画像は画像の上をクリックしますと2倍の大きさで見ることが出来ます。



こちらは デジブック スタイルにしました 数々の景色です、ページをめくってご覧下さい、もし音楽が御気にいりませんでしたら直して入れ替えます お楽しみ下さい、中に解説が書いてあります。

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by ustomi | 2013-04-29 14:43 | 2013年 4月 !!

春たけなわ の LA です。

Los Angeles は初夏の訪れです、毎日が25度前後、もうこれで 雨が降る事もなく10月まで
快晴日々が続きます、水はどうするのか? 大丈夫です、シャスタ山(オレゴンとカリフォルニアの境にあります)この山には人々は ヒーリング の為に通います、他に コロラドからも水を買います。
さて このバラ園は 毎週日曜礼拝の為に教会に行きます途中にある「Exposition Park」 の中にあり、何種類か数え切れないほどの バラが咲いています と聞いた事ないから分からないのですが、目を楽しませてくれます憩い公園です。
この公園の中には ”航空博物館”世界の蝶展示館””ダイナソウルの歴史館””科学博物館”
そして オリンッピック競技場 と枚挙いとまもないくらい広々とした空間を ロスアンジェレス市
の所有としてあります、この中の 航空博物館には 最近リタイアした 「エンデバー」も展示されています、この宇宙船には 日本人では 土井さん、若田さん、が搭乗しました、お役目を終えて
今は記念として飾られています。

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バラ園の中にある大噴水です、見事な水しぶきと共に美しいバラが咲き乱れています

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黄色の バラです 黄色は 希望と明るい未来を約束します色と言います、私の大好きな色。
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遊びに来ていた 可愛い姉妹です、お母さんの承諾を貰って写しました、花は大好きとおねえちゃんが言って居ました。
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向こうに見えます ビルデイング は 科学博物館の一部です、他に大きい ビルデイングが有りこの公園は一日では廻りきれないですね、とても楽しみな場所、なのに最近は余り行ったことがなく
バラの季節に寄るだけです、それも教会の帰りにね、まったく近くに有るとは中々利用しないものです。


こちちらは デジタルブック仕立てにした各種のバラです、お楽しみ下さい。
これを撮りに 公園に寄った夕方から 流感の症状がでて今でも余りさっぱりしませんが3週目に入り元気です。

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by ustomi | 2013-04-24 04:51 | 2013年 4月 !!

お・ん・な・の 甲斐性!?

今回は ロシアの第一代 皇帝にまつわるお話です.....。
といいましても これは ピヨートル一世 の 第二の妻となった 「エカテリーナ」 の数奇な運命と共にその出自からは想像できない未来が待っていたといいますこと。

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こちらは モスクワからサントペテルスベルグ までの12日間の リバークルーズ の始まりの時に初めて乗船する時の模様です、ロシアでは 客は パンと塩 で迎えるそうです、今 アコーデイオン弾きと共に皆にウエルカムのしるしを渡している ”オルガ” です ロシア衣装は彩りも華やかで良いですね、と これは モスクワですが、次からの掲載は サントペテルスベルグ の
”夏の宮殿” です。
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かの有名な エルミタージュ宮殿 でなく こちらは ”Summer Palace” と言いましてピヨートル大帝 と エアテリーナ妃 が夏を過ごした宮殿で サントペテルスベルグから25キロ東北に有ります、最初はそれほどではなかったのですが この ロココ調 の建築は彼女の娘によって
なを ヨーロッパ風に改築されたものだそうです。
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さてこちらが今回の 「女の甲斐性」主人公(笑)」 この 豪華な宮殿はこのお方のために ピヨートル大帝が建てられたと説明があった時の私達同行の仲間10人ほどは 一斉に ドヨメキ ました、この肖像画から見る限り 時の大権力者の好みが分かりませんでしたね、彼女は 農奴の両親から生まれました、その後 騎兵隊の兵士と結婚、またその後 ロシア軍の将校の妾となり、又その後
将軍の使用人か妾となったといいます その後この将軍によって ピヨートル大帝に献上されたのが彼女の大帝の妃への道へとの歩みが始まるのです。
しかし彼女も単に農夫の子ではなく父親から牧師に引き取られて教育は施されていました、ドイツ語できるそうですね、しかし この肖像画からは 田舎の体格の良いおばさんが豪華な衣装を着けて
誰だろうと説明を受けるまでは皆が分かりませんでした と 何故に彼女はこのピヨートルに気に入られたかと言いますと大変気働きのする人で 癇癪もちの ピヨートル が今何を欲するのか先に
気が付きいつも彼の機嫌が悪くなる前に解決していたそうですが、やはり寄る年波には勝てず人生の中年半ばからは大帝に疎まれてその最後を終わったとのことです。
生まれは:1684年、死去は:1727年です、娘 エリザベータ は後の エカテリーナ2世です
ただし その前に母親が ピヨートル大帝死後 エカテリーナ大帝一世を名乗り政治をつかさどっています。
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こちらが 例の癇癪もちの ピヨートル大帝です、どの肖像画を見ても中々の美男ですね、最初の妻は ”エヴドキャ・ロプヒーナ” この人は親族ともども信仰心が深く 又 ピヨートルは彼女の頑迷固陋な性格に飽き 愛妾の アンナ モス をそばに常に置き寵愛したそうです。
しかし エヴドキャは ピヨートルとの間に男子ばかり3人をもうけたのですが、2人は夭折、長男の アレクセイ
が残ったのですが、ピヨートルはこの長男が自分に反乱してとの理由で捕らえて獄中にて拷問の末に殺してしまい、他方 最初の妻 エヴドキャ を スーダリー(ウラジミール州・モスクワの東から26キロの地点ある) 修道院に放逐、幽閉 しました、それで 2番目の妻が エカテリーナ と言いますわけです、なを この修道院 スーダリー か下に画像があります。
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宮殿内の壁の 明かり台。
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今ごらんになって居ますのは 舞踏会などに使用する 「黄金の間」 この日の 3日前に 
’エルトン ジョン” が ロシアの 恵まれない子供達の為にと 慈善演奏会 を開催したそうで
未だその名残の後が散らかっていました。
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宮殿内の 緑の部屋、ブルーの部屋など と天井の絵画 本当に贅の限りを尽くした建築物、これではロシア国民は税に苦しめられて 最後には 革命が起きるわけですわー。
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庭園内にある見事な池です、今は革命政府後は観光用に開放されて観覧料で かって 暴君たちも後世に財産を残してくれたのかも知れません、アメリカにはこの様な歴史的建造物は皆無...自然が皆を迎えています。
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ここが 最初の妻 エヴドキャ が流された スーダリー寺院、今は 「ユネスコ世界遺産」となっていますが 淋しい街で 人口は1万2千人くらいです、ここを案内してくれた ”オルガ”の家で
お母さん手作りのロシアンスタイルの夕食をご馳走になり ウオッカの飲み比べで大変でした
オルガは学校の先生で 夏休みはアルバイトに旅行ガイドをしています、又 彼女の母親も先生でした が ドイツ語、イタリア語 は出来るのですが英語は出来ませんから彼女の通訳でして
アメリカ人は ゴルバチョフ が好きですから 彼の事をほめたらこのお母さん 「ニエット」
と言いましてあの男はロシア国家を売ったとののしって居ましたので私達はこれ以上は話題をそらせたのですが、今のロシアは本当に西欧化してまた世界と交流して国民は豊かになり と もともと
周辺国を自国に併合したのですから返しても当たり前なのではと思いました、国はその国の人々と話さなければ勉強になりません。
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バイオリン弾きのお嬢さん; エカテリーナ宮殿のそばで、
この エカテリーナ宮殿は 私は2度目で 去る 12年前の「バルト海クルーズ」 と今回の川のクルーズです、だんだんきれいになり、便利になりと西欧化してゆきます。
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by ustomi | 2013-04-05 14:08 | 2013年 3月!!