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こちら 女の甲斐性を発揮できなかったお方;;

今までの 日本旅行記 を少しお休みして ロシア の歴史をご紹介いたしたく思います。
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こちらは スーズダリ(Suzddal の ユネスコ遺産世界の ボグロフスキー修道院の全景)
画像は Wiki からお借りしました。Suzddal は モスクワ北東の、ウラジミーミル州にあります、人口1万4千人の都市です が これは 2002年の記録、今は観光客も増えてもっと栄えていますのではないのでしょうか。

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さてこちらは ピヨートル大帝 の最初の妃の ”エヴドキヤ・ロプヒーナ” です 、彼女は出自は良かったです 貴族の娘でした、そして ピヨートル大帝との間に3人の息子が生まれたのですが
2人は夭折いたして、長男の アレクセイ だけが成人をしました。
エヴドキヤ は 大変信心深い人で、又彼女の親族ももっと信心深いといいます環境に育ちました
それが ピヨートル をして我慢がならなかったのでしょうかね、ピヨートルは彼女を宮殿から追放して この 修道院に幽閉しようと試みました、早く言えば離婚したかったのです、大帝には オランダ人の アンナ・モンス と言います寵妃が居まして この彼女に ゾッコン だった様で寝てもさめての様子が伺えます が残念ながら アンナの画像は探せません どのくらいの美女か分かりませんと言います事です。
何回か説得したのですが彼女はがんとして応じなかった様ですが、ピヨートルはヨーロッパ旅行中に親族に宛ててその 宮殿からの追放を命じこの淋しい田舎に幽閉をしてしまいました。
しかし スーズダリの修道院長は気の毒に思ったのでしょう、彼女を俗世に暮らすように取り計らったそうで、この地にてステバンと愛人も出来ましたが、この方もピヨートル帝の命に依り 恐ろしい刑 ”四つ裂き” の刑に処せられました、その後にピヨートル大帝亡き後に なった「エカテリーナ一世」に サントペテルスベルグ まで呼び戻されて又の牢獄生活です が この辺が分かりません、エカテリーナはなんでこの孤独な夫人をそこまでするか。
只 エヴドキヤ の長男はピヨートルよって反乱の罪で捕らえられ獄死をしています が その
子供達は居ります、後に 孫が(アレクセイの長男)ピヨートル二世を名乗って即位をした時に
モスクワに呼ばれて宮殿も与えられて生涯を終えました。
生没 1669年から1731年の生涯でした と なんと エカテリーナに比べて日の当たらない人生だったか、なを画像はこれしか探せません 多分晩年のものでしょう。


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私達がこの 修道院を訪れたのは 午後でして夕方まであちこち廻って居る内に礼拝の時間が来たのでしょうか 近辺の住民が続々と見えました、ここで気がつかれたでしょうか、ご婦人方はスカートを穿いて居られます、これは カソリック も同じで教会に来ますときは未だにスカート着用のところが多いです、この教会は ロシア正教です キリスト教の一派、若い方にはズボン姿も有りますが
あとズボンを穿いているのは観光客です、私も教会にズボン姿で行くと言いますだらしなさですが
本当は敬虔な信者はその様な事は致しません、わが教会でも結構スカートを穿いてこられる方が多いです。
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上の画像は この教会の中にあります 修道院 です、説明では今のところ約 100人の修道僧が居ますそうで、彼等は毎日を祈りに明け暮れ俗世とは関わり無く自給自足の生活を送って居ます
と 同行の方彼は何時も私に話しかけるのですが、「結婚させてやれば良いのに」と言っていましたこのお方は 学校の校長先生をして居られて ユダヤ系アメリカン。
宗教とはそんなものではと私は言いました彼らが好んでこの道に入ったのだから、カソリック も同じで生涯神父なったら妻を娶ってはいけないのですね、我が愛をすべて神に捧げなければなりません
神様と結婚した様なものですから、しかし プロテスタントは違い妻帯者でなければ教会を任せて貰えませんそれには幾つか理由が有ります、それは割愛させていただきます、個々にお話いたしたく思います。

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上の二枚の画像は 世界遺産の スーズダリ の白い教会堂 と カメンカ川(教会のそばを流れています)畔で ガイドが観光客に説明をしていますところ。
この近辺には 沢山の修道院があり 途中 大きい尼僧の修道院もあり といたるところにありました、しかし 現代でも余り繁華でなくこの日は雨模様の日でして夕方から夕立が降り始めて大変な目にあいましたが。

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なを この湖は スーズダリを離れてまもなく現れる 「ホワイト湖」ですまるでミルクココアの色をしています とても寒い風が吹き甲板で写真を撮っているのは私一人、洪水の為に教会が水没しています が 中々良い景色で荒涼としていかにも内陸のロシアですね、それでも魚釣りの人も降りました 小さいボートの乗って。
したの スライドショー は画面をタッチして下さい スライドショーが始まります、本当は
デジタルブック にしようかなと思ったのですがこちらの方がよく見ることが出来ます。

2013年6月21日
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mondoさん が見つけて下さいました、 エヴドキヤ が王妃の座を追われる最初のきっかけを作ってくれた アンナ モンス の画像です、この方は欲が無くて ピヨートルが 愛妾の位置から
結婚まで考えてくれていたのに そんな事お構い無しに只ただ陽気に振舞って ピヨートルの妃になるのを忘れていた と 言いますかノンキなお人です が但し彼女には恋人がいたようです。

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by ustomi | 2013-06-22 14:52 | 2013年 6月!!

東京、伊東温泉、大阪の夜、紀州~と盛り沢山;

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この日は 帝国ホテルでは沢山の結婚式が挙げられていました、その一つ 正面ロビーの花の前で新郎、新婦 が記念撮影をするための準備中....、振袖姿は良いですね、その他に続々と花嫁&花婿で
ホテルの ロビー はごった返していました、跡で暦を見たら ”大安”となって居ました。
この近代的な世の中でもやはり ”大安”大事なんでしょうかね、そうそう エレベーターの前を占領して カメラに向かって自分の唇を写させていた花嫁も居ましたと ともかく土曜日のホテルはものすごい事になっています毎度のことながら(笑)。
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伊東温泉の景色です、昨日は東京も雨’、こちらも雨の日でしたが、今朝は晴れて遠くに島影も見える浜辺の景色、この温泉地に来たのは何十年ぶりですね、未だアメリカに行く前だったから数えるのが分からないくらい< その数年前に 熱川温泉に行ったけれど 安宿で(これは夫がリンクで見つけた)私からものすごくクレームをつけられて、彼も反省かな と 今回のホテルはよかったですね
温泉饅頭山ほど買ってアメリカ土産にしました と この饅頭は結構評判がよかった。
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この男の子 伊東駅のホームに居ました、中々洒落た服装でその趣味は抜群でしたので、写真を撮らしてもらいまして、これをブログに載せていいかと聞きましたら、OK だそうです、'粋な でも少し照れてこんな格好になってね。
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こちらは同行の女性達です、気楽に写真に納まってくれましたから、Hollywood に売り込んでおくねと約束しました(笑)、他にも3人は居ましたが男子学生は恥ずかしがりでして逃げてしまいました。高校生でしょうか?
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伊豆の海を車窓から写しました。
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通天閣です、大阪は なんばの駅の上に有る スイスのホテル会社の 経営する「スイス ホテル
なんば」です 何でもヨーロッパ風でしてアメリカ人の私達には チマチマ した感じです がやはり一流ですからそれなりに綺麗です と毎回大阪はここに 泊まります。
通天閣は懐かしいですね、その昔 夫の会社の本社が本町に有ったので、私ははるばる大阪に来ました、そしてカルチャーショック を大変受けてね、例えば 「新平民=同和部落」この人々は
私は 島崎藤村の小説の世界のと思って居ました、未だその時には厳然と有ったのです ”耳成部落”と言いまして、関東では聞いた事も無かった現実が(驚き)、未だ河内方面にもありましたね
今は彼等は今までの差別を受けた代償として国家から大変優遇されていますそうです と アメリカの インデイアン を想像させられます と 何処の国にもある事実;
話し変わって通天閣には良くゆきました、”串かつ”を食べに 私達は 堺市の「仁徳御陵」のそばに住んでいました、会社の社宅。通天閣には 阪堺線に乗ってね、と大阪は懐かしい思い出が沢山ある街です。

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大阪の街の朝日です、ホテルの窓から見えますこの 「空中庭園」 昔の 南海球場のの跡地です
そこで 私はハタと思いました、「南海ホークス」 は何処へ行ったのかと、大阪を離れてからの物語でしたね、外国に住んでもう日本の情報も乏しくなって、そういえば 「ドカベン」といわれた
香川君が居たっけなどと記憶はあいまいになり、それで調べて見ました ダイエー ホークス となって 福岡、九州 に身売りをされて行ったのでした が その ダイエー も会社更生法になり
ソフト バンク になったのでした、歴史は目まぐるしく変わり今は九州の野球団となり淋しいです
良く野球フアンの私は家から近いから球場に通いました と 野村や鶴岡監督など思い出します。

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最後の3枚の画像は 紀州は紀南です、お天気がよくて海の水は素晴らしく青々としています、この近辺は”日本のコートダジュール”だそうです(笑)、3年前に私達の毎回泊まる「ダイワホテル」は和歌山県の植樹祭に 天皇、皇后、がお見えになりそのp時期は5月でして、私達の宿泊する10日前でしたが ホテルはひっくり返って居り 誰も客をとらない様にしていましたね、内装に汗を流していました と この近辺の畑道まで舗装してね、こんな事ではこのお二方には本当の町を見てもらえないのではと案じました。
最近は 「熊野古道」も 世界遺産に登録されて、中々設備も整って来ましたし、夫の実家の前にあります 「悲劇の人有馬の皇子」の碑も日の目を見るようになりました と 昔はこの碑はなに?なんて状態でしたが。

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by ustomi | 2013-06-11 06:39 | 2013年 6月!!

眠れぬままに~。

今は 夜中の丑三つ時(午前2時)、帰宅してからもう1週間が経つのに未だに 時差が直らず
夜中の午前2時には目が覚めてしまうワタクシ。
それではと 夜中の花や月や世間はと思ってカメラを取り出して写してみました、朝にはすっかりしぼんでしまう 月下美人 も 昼からこれでもかと華々しく咲いている 孔雀サボテン も
夕方には見えなかった 月も 上空に現れて一人佇んでいる様な姿です と 夜中はそれなりに
賑やかに過ぎているんですね。

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日本便りは今回は休止をしまして ちょっと遊びのつもりで掲載を致しました、近所は寝静まっているときの時間は それはそれでなんとも言えない別世界です、この様に起きたのは初めて。
真ん丸いお月様を独り占めは、今夜は 煩い警察の ヘリコプター も無く静かな明け方です。
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by ustomi | 2013-06-03 14:30 | 2013年 5月!!